COLUMN

[ NEW ] Women in Paris Vol.12
Akiko Inoue(2/4)

パティシエの職を離れてしばらく経った頃のこと。「幼馴染みが卒論を仕上げるために1ヶ月、フランスへ行くというので、私も一緒に行きたいって手をあげたんです」。カフェで働いていた頃に知り合った、パリが大好きだという友人と3人で、井上さんにとって初めてのフランス旅行へ出かけることになる。「私はとにかくフランス語そのものに興味があって、現地の人とフランス語でコミュニケーションを取ってみたかったんです。幼馴染みはフランスに1年留学した経験もあるから、ある程度フランス語を話せるけれど、彼女に頼るのは嫌だったから、旅行中は一人でバスに乗ったり、カフェに入ってそこで働いているおじさんとおしゃべりしたりして、とにかくそれが楽しかったですね」。大学に在学中はフランス語を専攻していて「一応」語学の基礎はあったのと、旅行前に自主的に勉強もしていた。通信教育に始まって、語学学校にも少し通ったけれど、最終的には「自主練」。ソルボンヌに留学経験のある叔父にもらったラジオのカセットを聞いたり、辞書のAから順に単語を全部書き出していくことはもはや趣味となり、特に難しい「R」の発音を常に欠かさず練習していた。旅行中には、喋ってみたいフレーズにカタカナで読みを書き添えたものを持ち歩いて、移動の間に読んで勉強をし、使える場面が巡ってきたらここぞとばかりに話してみて、通じた時にはその喜びを噛みしめたという。

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フランス旅行中、幼馴染みの知人とポーで合流した時のスナップ。

この旅行に出かけると決めた頃から、ぼんやりと「フランス留学」という言葉が頭をよぎるようになっていた井上さん。旅行中に立ち寄った、スペインとフランスとの国境、ピレネー山脈に程近いポーという田舎町が気に入って、留学したいと思うように。「可愛いジャム屋さんがあったり、あと、私はサルサが好きだったんですが、南米から留学してきていた男の子がサルサを素敵に踊っていて。何よりそういう人たちとのコミュニケーションが楽しかったんですよね。ただ、結局母にすごく止められて、留学はしませんでした」。冷静に自分のことを見つめてみたら、どこへ行きたい、とか、どこに住みたい、ではなく、フランス語を話すことやそれで人とコミュニケーションを取ること自体にモチベーションがあるのだと、気づいたことも大きかった。

アパレル会社で働いていた頃。フランス語も熱心に勉強していた。

「私が18歳の時に、“レクレルール”というフランスのセレクトショップがハービス大阪にあることを知ったんです。ファッションには興味があって、そのお店が大好きで通い詰めていたんですね。カフェを辞めた後はアルバイトをしながら暮らしていたのですが、このお店で雇ってもらえないかと、懇意にしてもらった販売員さんに掛け合ったりしたんです」。結局、レクレルールでの人員募集はなかったが、経営している会社の別部門に契約社員として入社できることに。「その時もまだ、自分が組織の中で働くことが合わないって気づいていなくて、いつかはレクレルールで働けるんじゃないかという一心で入社してしまったんですが、やっぱりうまくいかなかった。契約から正社員になってくれないか、って誘ってもらったんですけど、お断りして辞めることにしたんです」。会社を辞めた後、失業保険を手にした井上さんは、それを元手にアンティークを買い始める。「欲しいままに、完全にただの趣味として」だったが、これがこの後の運命を大きく変えることになる。

井上さんの作品「小さな村」シリーズ。古いポストカードから切り抜いた家や木、19世紀のデッサンに直接刺繍したものを組み合わせた。