COLUMN

[ NEW ] Women in Paris Vol.12
Akiko Inoue(3/4)

2000年代の初め、まだ日本では西洋アンティークが買えるところはさほど多くなかったこの頃に、インターネットを通じてフランスやオランダの人から「メルスリー」と呼ばれる、アンティークの手芸用品を収集し始めた井上さんは、それを使って何かビジネスができないかと考えた。「アンティークの布とシルクの糸を使って、モノグラム刺繍をやってみようと思い立ったんですが、その刺繍もやり方が分からないので、19世紀の刺繍の本を買って、絵を見ながら真似してみたら何となくできるようになって、サシェを作ってみたんです。それをブログで売り出してみたら、瞬く間に売れ切れました」。そこでもっと多くの人に知ってもらって集客を増やそうと、ミクシィに登録して、たくさんのコミュニティに登録してみた。「そのコミュニティの中にはフランス人もいたのですが、一人のフランス人男性から“こんなに素敵なものを日本で作っている人がいるんだね”というコメントをもらったんです。やり取りを続けていくうちに意気投合して、彼の知人の日本人が、私がかつて働いていた南船場のカフェの同僚の知人だということが分かって、その知人を訪ねて日本に来るというから、じゃあその時に会おう、ということになったんです」

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突然自己流で始めたモノグラム刺繍。アンティークの布にアンティークのシルクの糸を使って。

後にパートナーとなる、フランス人の男性と初めて会うことになって、待ち合わせをしたのは地元の駅。「私、こう見えて実は結構緊張しやすくて、だけど初めて会うときにかしこまった感じでいくと、その後距離を縮めるのが難しくなるなと思ったので、本を読みながら待っている彼の後ろからタックルをしたんです(笑)。そしたらノリよく応じてくれたので、あ、一緒だ(笑)と」。この日はあいにくの土砂降りで、本当は公園に行こうと思っていたが、仕方なく(?)駅のベンチで、お土産のワインとチーズを開けて宴会をスタート。「栓抜きがなかったから、近くの100円ショップに買いに行ったら、ブーブークッションを見つけたのでそれもこっそり買って、彼が座る寸前に置いてみたりして(笑)。このエピソードは後々、語り草になっています」。このあと、自宅にも連れてゆき、両親に合わせたが「急なことで戸惑っていたと思うんですけど、それでも彼は失礼のないように感じよくしていたのに、父なんて挨拶もなし。かたや母は当時英語を習っていたから、西洋の人が来た=英語喋れる、みたいにはしゃいでましたけど、そのあと結婚したいとなった時には、ものすごく反対されました」

ショップカードのロゴは、結婚前に現在のパートナーが描いてくれたもの。「この絵の才能に惹かれたことも結婚を後押ししました」

ところがその後しばらくして、母親に乳癌が発覚、すでに肺にも転移していて、余命半年と宣告されてしまう。「結局母は亡くなって、その時兄はもう結婚して家を出ていたこともあって、私と父との間に、これまではなかった絆みたいなものが出来始めたんです。私が結婚するとなったら、父親を一人残して出ていくことになるし、どうしようかと悩んでいたら、ある時父から“出て行ってくれていいからな”と言われて」。初めて彼を両親に合わせてから1年半ほど経った2007年の夏、その父親の言葉を受けて晴れて結婚、パリへ移住することになる。

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パートナーと知り合って間もない頃、彼が日本に訪ねてきた夏の一枚。