2022.5.27 Women in Paris Vol.1Masae Takanaka(3/4) 帰国までおよそ一ヶ月、その日は旅行会社にチケット代の支払いに行く予定の日だった。友人から預かっていた犬を連れてアパートを出たら、道を挟んで斜め向かい側のアパートに住んでいた、後に夫となるドメさんがいた。その手には高中さんがかねてから欲しいと思っていた、カシオのカード式の小さなカメラが。彼は高中さんの犬に興味津々で、そのカメラで犬を撮ろうとしたという。「コレットでも販売されて話題になっていたカメラだったのですが、日本で安く買おうと思って我慢していたんです。彼は私が連れていた犬に興味を持って、それを会話のきっかけに、互いに何をやっているのかという話になって。彼は音楽系のグラフィックアートの仕事をしていて、常にスタッフを探しているからブックを見せにアトリエに来て欲しい、と言われて、とりあえず日時を約束しました」。後日会って互いにブックを見せ合うが、二人の作風は真逆。残念ながら一緒に仕事をすることはなさそうだけど、と前置きをしつつも、ファッション業界で仕事をしている知人のコンタクト先をたくさん教えてくれた。その中には高中さんがスナップをしたこともある有名人の名前もあったのだとか。「帰国する前にやっておきたいことはないの?と聞かれたので、蚤の市が大好きだから帰るまでの毎週末は行こうと思っている、と答えたら、バイクで連れて行ってあげるよ、と、うっかり毎週末デートすることになって」帰国直前にお付き合いが始まった。「それでも私は日本に帰りたかったんです。ここでもしパリに留まって、挙句別れることになったら、この人のことを一生恨むことになる。とはいえやっぱり、後ろ髪を引かれる気持ちもあったんですよね」。ドメさんは高中さんより10歳上、天邪鬼で「帰らないで」なんて言うようなキャラクターではない。さらには「やりたいことをやるために帰るんでしょう。またコレクションの時期には来るんだろうし、長い間会えない訳ではないんだから、離れてても(二人の関係性を)育んでいけばいいじゃない」という言葉に背中を押されて、日本に帰ることにする。 現在、高中家には2歳になるフレンチブルドッグ、ボニーちゃんが。 日本に戻るとすぐに、スタイリストの青木千加子さんのアシスタント生活が始まっ た。青木さんにはもちろん、現場のスタッフや事務所のマネージャーにもとてもよくしてもらい、毎日は楽しく過ぎていく。それでも、この時すでに30歳を超えていた高中さんの心の中には焦りがあった。私はどのくらいで独り立ちできるのだろう、そうなった時、果たして自分がやりたい仕事ができるんだろうかと、不安が募る。そんな時、帰国前にパリで日本の雑誌のために作った企画(好きなようにしていいよ、ともらった6ページを使って、気鋭のデザイナーの作品によるモデル撮影とアトリエ取材で構成した記事)を周囲の人に評価してもらったことで、改めて自らが進むべき方向を確信することになる。この記事を見た青木さんからも「正江ちゃんはこういうことをやりたくてパリに行ったんだよね。向こうに好きな人もできたんだし、パリへ戻ってこういう仕事を広げていった方がいいんじゃない?」という言葉をもらい、帰国からわずか4ヶ月で再びパリへ戻ることに。「とりあえず彼の家に転がり込んで、ビザはなかったので、行ったり来たりしてしのいでいました。だけどそれも大変で、ビジタービザを出版社から出してもらうべきかどうか悩んでいたんです。彼はそれまで外国人と付き合ったことがなかったので、ビザで悩むという、そのこと自体が理解できないんですよね。簡単に取れる方法はあるの?と聞かれて、結婚かな、と軽く答えたら、じゃあ結婚しよう!と」。 家族3人+犬1匹で暮らすパリの自宅の飾り棚。 サロンの片隅にも好きなものを飾って。 いよいよ、パリに根を下ろすことになった高中さん。フランス人の夫を通じてコミュニティが広がり、言葉も少しずつ上達。日本のクライアントのほか、フランスのインディペンデントな雑誌からも依頼が舞い込むようになり、パリでの生活の基盤が固まっていく。「ファッションという共通項があれば、言葉がそんなにできなくても通じ合える感じがあって、フランス人の友達が増えていきました。そんな中に、憧れのスタイリストの一人だったヤスミン・エスラミがいたんです」。彼女と友人になってしばらくたったある日、道で偶然ばったり会った二人。ヤスミンがアシスタントを探しているからいい子がいたら教えて欲しい、という。「ただ、都合のいい話なんだけど生活が保障できるほどのギャラは払えないから、別に収入源があって、撮影の仕事を私と一緒に楽しんでくれるような子がいい、っていうんですよ。え?それ、私じゃない?! と」。パリでの仕事も軌道に乗っているし、憧れのヤスミンの仕事を見られるなんて、千載一遇のチャンス! それから約3年間、彼女と一緒に仕事をすることとなる。「ヤスミンは現場を俯瞰で見て、いい雰囲気を作ってスタッフみんなのポテンシャルを引き出せる人。カメラマンを信用し、デザイナーが作った服を活かしたスタイリングで絵作りをする、その仕事ぶりは見ていてとても勉強になりました。私の凝り固まった“スタイリスト像”みたいなものを、いい意味で壊してくれたこともよかったです」。やがて、ヤスミンが立ち上げた自らのランジェリーブランドが大きくなり、高中さんも別の仕事が忙しくなって、フェードアウトするようにその関係は解消となるが、もちろん今でも友人としての付き合いは続いている。そして、そのタイミングで高中さんは、現在11歳となる長男を授かった。 夫のドメさんと愛息ショーンくん。