COLUMN

Women in Paris
vol.1 Masae Takanaka(4/4)

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ロックダウン中、大好きなお花屋さん「castor」に配達してもらったブーケ。
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お気に入りのモザイクタイルと、お気に入りのTABIバレエ。
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ドライフラワーも好き。

近年は子育てをしながら、雑誌やアパレルブランドのコーディネイト業をメイン に、多岐にわたる分野で活躍する高中さん。パリに移住して20年近くがたち、たくさんの仕事をしてたくさんの人に出会い、キャリアを積み重ねてきた。「その経験や繋がりができた人たちが、言ってみれば少しずつ揃ってきたパズルのピースのようで、ここ何年かは、もう完成しそうな絵を眺めながら改めて私はここで何をするべきなんだろう、と考え続けている、そんな感じですね」。いずれにしても一番大切なのは、自分が好きなものや信じるもの、自分の真ん中にある軸がぶれないようにすること。「今回のCHICABAさんとのお仕事は本当に楽しかった。買い付けたヴィンテージの陶器やお洋服は、いわば私の個人的な趣味が反映されたものでしたが、自分が心から好きだと思えるものを真摯に提案したら伝わるのだなということが実感できました。好きなことだから楽しめるし、楽しんでやればそのバイブスが周りに伝播する。軸がぶれないことで、人と人が自然に繋がって、私の周りに世界が広がっていくんですよね。好きなことをやる、って言っちゃうと泥臭い感じがするかもしれないけど、これからの時代はどこにいても、どんな仕事をしていても、すごく大切にすべき事だと思います」

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最近の展示会場にて。ベルンハルトが自ら作ったzineにサインをしてくれた。

ところで、ベルンハルト・ウィルヘルムとの後日談をここで。ちょうど彼がブランド設立10周年を迎えた年に、高中さんは『花椿』で平山景子さんとついに仕事をすることになる。「依頼をいただいたときには、ずいぶん前のことですし、ブックを見てもらったことを覚えてらっしゃるかどうか分からなかったのですが、お目にかかったら“あの時には何もしてあげられなかったから、どうしているか気がかりだったのよ”と言っていただいて。この仕事を続けてここまでこられて本当によかったと、しみじみ感動しました」。その仕事の内容は、ファッションデザイナーに平山さんがインタビューをし、その作品をモデルに着せて撮影するというもの。その取材のためにパリへ来ていた平山さんと、ちょうど10周年を迎えたベルンハルトの展示会へ一緒に行きましょう、という運びに。しかし、実は高中さんとベルンハルトはその時疎遠になっていた。デビューして急激に有名になったベルンハルトは、もともと持っていた神経質さがさらに過敏になり、作風が変わったこともあって、次第に会わなくなってしまっていたのだという。「そんな感じだったから、彼も私が目の前に現れてびっくりですよね。だけど“正江と景子が一緒に会いに来てくれたことにも驚いてるけれど、正江とこうしてフランス語で話しているのが不思議でたまらないし、すごく感動してるよ!”って。今はまたSNSで連絡を取り合っているし、アトリエに遊びに行くこともあります」。近頃は好きなデザイナーを見つけても、すぐ大きなメゾンに就任してしまったり、突出した才能を感じる人に出会うことができなかったり、恋焦がれる対象が見つからなくて寂しい状況が続いているという高中さん。「平山さんが若いクリエーターの情報を教えてくださっても上の空で(笑)、あなた、引き出しを閉じたわね、なんて言われてしまう始末です」

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ヴァレンタインの作品にインスピレーションを受けて作った高中さんの陶芸作品。

そんな中、高中さんのストーカー魂(!)に再び火を付ける存在が現れた。ヴァレンタイン・シュレーゲルという、2021年に亡くなった陶芸家である。高中さんがその存在を知ったときは存命で、ありとあらゆる手段を使って彼女のことを調べたが、女性陶芸家ということもあって情報が少ない。どうにか取材ができないかと、本人ではない誰かが管理しているSNSにメッセージを送ってみたところ、残念ながら数日前に入院してしまったという。その2週間後には亡くなったことを知り、きっと関係者がたくさん来ているだろうと葬儀会場へ足を運んだが、集まっているのはほんの20~30人ほど。「知り合いもいない上、アジア人一人でいるから目立つんですよね、アメリカ人の老婦人に声をかけられたんです。“あなたの履いているパンツ、素敵ね。モード業界の人?ヴァレンティンを知っているの?”って。ただのファンだけど、見送りたくて来たって言ったら“come on, come on!”って家族や関係者が集まっているところへ連れて行かれて、私、そこで号泣しました(笑)」。2017年に開催された展覧会に携わり、カタログへ文章を寄せたアーティストのエレーヌ・ベルタンを、この場でどうにか捕まえたいと思っていた高中さん。「スピーチをした人が同じ名前だったから、彼女だ!と追いかけて、日本の雑誌でヴァレンタインのことを紹介したいとお願いをして、連絡先を交換しました。実は最近、陶芸を習っているのですが、ヴァレンタインが降臨してくれないかなと思いながら、彼女風の作品ばかり作って先生に呆れられています(笑)」。

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パリの街を散歩するのが好き。サンマルタン運河に映る太陽と白鳥。

ファッションが大好きな20代の女の子が初めて降り立ったパリは「雑誌の『オリーブ』で見ていたそのまま。ひと目でこの街と恋に落ちました。すごく不思議なことで、もしかすると他の国でもあることなのかもしれないけれど、パリに恋をしてもパリにふられてしまう人もいるんですよね。私の場合はフランス語はもちろん英語すら話せなかったし、一年くらい住んで帰ろうという軽い感じでやってきたけれど、意地悪な人にコテンパンにやられることは一度もなくて、日本の仕事で悩んでいてもフランス人の友人が手を差し伸べてくれたり、むしろたくさんの人が助けてくれました。海外に住むって大変なことだけど、こんなに長くいるのは、やっぱり私にはパリが合っているからなんだと思います」。コンコルド広場やエッフェル塔を間近で見るたび、今でもつい写真を撮ってしまうことがある。もちろん生まれ故郷である日本は大好きで、帰国した時、パリへ向けて日本を出発する時には後ろ髪を引かれる思いだけれど、シャルル・ド・ゴール空港から家へ向かっていると、今でも愛するパリへ戻ってきたことにワクワクし、パリの美しい街並みにドキドキする高中さんなのだ。