COLUMN

Women in Paris
vol.1 Masae Takanaka(2/4)

なんとなく、行かなくてはならないという強迫観念にかられて、パリコレ通いを続けていた高中さんだが「ジャーナリストたちもみんな、(コレクションが全体的に)ミニマル過ぎて面白くないね、と言っていて、行ったはいいけど楽しめなくて。心が動かないから写真も撮れないし、絵も描けない。こんなにパリに通っても仕事にも繋がらないというのも本当に辛くて、ルーブルの会場前で体育座りして悩みました」。そんな中、高中さんの心に一筋の光が差し込む。ベルンハルト・ウィルヘルム。アントワープ王立芸術アカデミーの卒業展が話題を呼び、このシーズンでのパリコレデビューを控えていた。「卒業展は赤ずきんちゃんをテーマにしたもので、私の好みドンズバでした。だからもう絶対この人のショーは見たい! これだけ見られればもう今回はいい! という決死の覚悟で(笑)会場へ向かったんです」。もちろんチケットはない。だけどとにかくどうにかして中へ入ろう、そこで自分の心がどう動くか、なんらか人生の迷いへの答えが見えるかもしれない。そんな風に考えて、会場となる11区の地下のライブハウスへ。ショーが行われるのは夜だが、どうしても入りたいという一心で朝から会場の前で待っていると、時間が経つごとにどんどん人が集まってきて、スタッフが慌て出す。「柵の手前の一番前に陣取ってたら、後ろから人がグイグイ押してくるんです。そのうちその場が大パニックになっちゃって、消防車まで出動してきて。そしたら私、人の圧に負けて、漫画みたいにゴロン、って柵をこえて中に入っちゃったんです! そこには“チームバッファロー”って呼ばれていた怖ーい黒人のセキュリティの人たちが陣取っていたんですけど、彼らにも私、顔を覚えられていて。今日も朝早くから待っていたのを認めてくれたのか(笑)“ゴー!”って」。

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大好きなアントワープで、大好きなベルンハルトへ会いに行く、の図。
旅行雑誌で会いたいデザイナーに会いに行くという企画を通してアントワープへ。左がベルンハルト。

大きな期待と高揚感を抱えた観客全員が、ライトが消えた瞬間に息を飲んだ。そして音楽が鳴り始め、再び灯りがついた瞬間、会場は異様なまでの熱気に包まれた。「最初に出てきたモデルが着ていたのが、猿のぬいぐるみが肩に乗っかったコート! 世の中はミニマリズムですよ、なのに猿!あまりに好き過ぎて、感動し過ぎて震えながら、イラストを描く手も写真を撮る手も止まらなくて、カメラ3台(ビッグミニ、チェキ、ロモ)フル稼働。見終わった時には、今シーズンの私のパリコレはこれで終わったなと思いました」。なんて素晴らしいショーだったんだろうと幸福感に打ち震え、しみじみ余韻に浸りながら、完全に放心状態でしばらく会場に佇んでいたら、高中さんに恐る恐る声を掛ける日本人たちがいた。その一行は富山でセレクトショップを経営しており、翌日の朝一番にベルンハルトの展示会にアポイントを入れているという。「一人で泣いたり放心したりしている私を見て一体何者? と思ったみたいなんですが、とにかくベルンハルトのことがすごく好きみたいだし、一緒に行って商品を見て意見を聞かせて欲しい、と言ってくれたんです」。翌朝、彼らに同行した高中さんはベルンハルト本人とも対面。まだフランス語は話せず、片言の英語とボディランゲージで懸命にいかに自分が昨日のショーに感動したかを伝えた。好きという気持ちは強い。パリコレ期間が終わった後、ベルンハルトの誘いを受けてアントワープのアトリエを訪ね、行きつけの店へ連れて行ってもらい、一日を一緒に過ごしたという。「このことを経て、完全に吹っ切れました。好きなことをやっている人は強いな、悩んでる場合じゃないって。その前の数シーズンは、見てくれる人に媚を売るようなブックを作っていたけど、そんな必要はないって」。帰国後、アントワープでの一日の出来事も盛り込んだ“ベルンハルト・イシュー”を作り、当時『花椿』のファッションディレクターだった平山景子さんのもとへ。「このブックは残念ながら『花椿』の誌面で採用することはできないけれど、あなたはこれをやり続けなさい。ジャーナリストというのは料理人と一緒で、いい素材を見つけて、それをいかに世の中に伝えるかが腕の見せ所。あなたも今後、そういうことを意識しながら続けていきなさい」という言葉をかけられたという。この10年後、高中さんは平山さんと一緒にベルンハルトを取材することになるのだから、人の縁というのは不思議だ。そして言うまでもなく、彼女が恋焦がれ、その人生に大きな影響を与えた二人目がベルンハルト・ウィルヘルムである。

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ベルンハルトにフォーカスしたコレクションブック。刺繍も高中さんのお手製 で「寝ないで作ってた」とか。
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ベルンハルトのママがニットのヘッドドレスを作った、高中さんが中でも好き なコレクションの時のブック。

翌シーズンから、雑誌のおしゃれスナップの仕事を引き受けると同時に、とりあえ ず一年間、パリに住んでみることにした高中さん。スナップ以外にインテリア取材 の依頼や、定期的にイラストを描く仕事もあって、経済的にどうにか目処が立った ことも理由だったが、一年滞在すればウィメンズだけでなくメンズも見られるし、 もっといろんな人に会えて世界が広がるかもしれない、と思ったからだ。雑誌の世 界で生きていきたいと思う一方、自分の役割はなんだろうと考え続け、その答えを 見つけることが課題でもある一年だった。一年は早い。帰らなければならないタイ ミングは、やっとパリでの生活にも慣れてきたなと思う頃にやってきた。「出版社 の担当の人に、今日本に帰ってこなくてもたぶん誰も気にしないから(笑)もうち ょっと伸ばしたら? と言われて、ビザを更新することにしたんですが、あと半年延 ばせるビザしか出なかったんです。だから、よし、半年で決着をつけようと」。その頃、ワーキングホリデーでパリへ来ていた、鷺坂隆さんの元から独立したばかりのカメラ マンを紹介してもらった高中さん。彼にこれまで作ったコレクションブックを 見せたところ「こういうイラストが描けるなら、スタイリングもできるんじゃな い? もし興味があるなら、僕と一緒に作品撮りをしてもらえないかな」と、思わ ぬ誘いに「楽しそう!」と、即決で引き受けることに。モデルはストリートキャス ティングで、当時は金曜日の夜にプレスルームを訪ねたら、月曜日の朝に必ず返却 するという約束でサンプルを借りられることもあって、古着なども組み合わせてス タイリング。「スタイリング自体はもちろんなのですが、これまでは全部一人でや っていたけど、チームワークって楽しいなって。コレクションを見にパリに来てい たスタイリストの青木千加子さんに出来上がったブックを見てもらったら、スタイ リストとしてもやっていけるんじゃない?と言ってもらって。それで、帰国した後 に少しの期間、青木さんのアシスタントにつかせてもらう約束をしたんです」。と ころが、いよいよ帰国の日が迫った頃、後に夫となる人と出会うことになる。

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ミニマル全盛の象徴、マイケル・コース時代のセリーヌのルポ。ちゃんと可愛い イラストも描いている。
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マルジェラの会場では、来ているデザイナーまでスナップしていた。