COLUMN

Women in Paris Vol.13
Mari Shimmura(1/4)

日本のクライアントをメインに、雑誌やカタログなど、幅広いジャンルで活躍する、フォトグラファーの新村真理さん。幼い頃から抱き続けていた、「いろんなところを見てみたい」という旺盛な好奇心が、現在のパリでの暮らしへといざなった。

 

 

鹿児島県の霧島、穏やかでゆったりとした温泉街に生まれた新村さん。父と母、4つ離れた姉との4人家族で、高校卒業までをこの地で過ごした。「今思えば本当にいいところなのですが、子どもの頃は都会に憧れがあって、海外へ出て行きたいという思いもありました」。中学2年生の夏休み、1ヶ月間のホームステイを体験する。行き先はアメリカ・カリフォルニア中部のターロックという田舎町。鹿児島の地方新聞「南日本新聞」で毎年夏に行われているホームステイの企画に応募した。「学校でその企画のポスターを見つけて、あ、こんなのあるんだ、って。出発の時には、おばあちゃんに現金の札束を握らされました(笑)。これだけ出すんだから頑張ってきなさい、という意味だったのかな。当時、中学生が親元を離れて1ヶ月間も海外に行くというのは珍しいことだったとも思います」

 

実は、写真を撮り出したのもこのホームステイがきっかけだった。「当時はスマートフォンなんてもちろんなくて、でも初めて行く海外だったし、家にあったフィルムカメラと、『写ルンです』を持って行きました。この頃、写真そのものにそこまで興味があったわけではないけれど、ヨセミテ国立公園のものすごくきれいな景色を見て、写真を撮りたい、って思ったんです。田舎の町では見られない、違う世界を見たいという気持ちを強く持っていたのに、やはり大自然に惹かれてしまったんですよね」

 

ホストファミリーは、新村さんと同い年くらいの女の子とその弟、母親との母子家庭。英語はほぼ話せない状態で飛び込んだが「若かったし、年が近い子たちがいたこともあって、馴染むのにあまり苦労はなかったように思います。アメリカ人のポジティブで楽観主義、適当な感じというか、文化の違いはすごく感じました。離婚したお父さんが警察官だったのですが、シートベルトなしでぶっ飛ばしてドライブに連れていってくれたことがあって、衝撃でしたね(笑)」。ジップロックにりんごとポテトチップスが入っているお弁当、大きなピザ、柔らかいクッキーなど、いかにもアメリカな食べ物もおいしくいただいたという。

 

帰国後、夏休み明けの学校では先生に「生意気だ」とたびたび怒られ、目の敵にされるように。「子どもだからいろんなことを吸収するじゃないですか。たった1ヶ月くらいで、相当アメリカかぶれになっていたみたいです。今、もし私が学校の先生だったら嫌だな、と思うような子どもになってましたね。私はすごいことをして帰ってきたんだ、みたいな、鼻息の荒い感じ(笑)」。まさか先生に怒られるとは思っていなかったが、アメリカでの生活から自分自身が大きな影響を受けたという自覚はあった。アメリカへ行く以前はどちらかというとおとなしい子どもだったが、これを機に生まれ変わったような感覚もあった。

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桜島。高校まで過ごした鹿児島時代には同級生とよく一緒に地元の海へ。