COLUMN

Women in Paris
Vol.2 Kaori Konishikawa(4/4)

日本に帰ってからは、一旦沼津の実家に戻り、「ビザが取れたらすぐにパリに戻れるんだから」と自分に言い聞かせて奔走する日々。プロのスキルがない分をカバーできるよう、たくさんの資料を用意してフランス大使館に提出しに行ったら「ラッキーなことに、大使館で対応してくれた女性が刺繍がすごく好きな方で、味方になってくれたんですよね。この資料だけだと落とされる可能性が高いからレターをつけましょうって、アドバイスしてもらいながらその場で英語のレターを書いたんです」。早ければ2、3週間で連絡が来る、と言われていたが、待てど暮らせどなかなか音信がない。「それに、フランスでお金をたくさん使ったから、働かなくちゃまずいと思って、友人の紹介で三島にあるフレンチレストラン「La table de Kudo」でアルバイトをすることにしたんです。ここのシェフとマダムがすごくセンスがよくて、フランスのことを教えてくれるいい仲間がまた見つかったんですよね」。大使館に資料を提出してから1ヶ月ほど、クリスマス直前のことだった。結局、却下されたのでパスポートを取りに来てください、というメールが届いてしまう。「ここまでして落ちたんだったらもう仕方ないや、日本で頑張りなさいってことだな、って開き直っていたら、その1週間後くらいにエリさんから“ウルトラモッドが就労ビザを取ってくれることになったよ!”って。なんでも、エリさんが帰国するにあたってオーナー夫妻と食事をした際に、わたしの話をしてくれたそうなんです。そしたらオーナーが、そんなに頑張っている子がいるなら就労ビザを出してあげなきゃ、って言ってくれたらしくて」。こうしてついに、翌年の7月、パリへ移住することに!

ルサージュに通っていたころのアパルトマン。

「離婚騒動のときに本当に追い込まれて、それまでは自分に向き合うことを避けてきたけれど、もうやるしかなかったからできたんですよね。すごく怖かったけど、動けばなんとかなるものだなと実感しました」。やらざるを得ない状況に追い込まれたことが、さまざまな人との出会いやミラクルを引き起こし、現在は「ウルトラモッド」に勤務しながら、刺繍作家として活躍の場を広げている。コロナ禍のロックダウン中、「ゴーストタウンみたいなパリの中で、唯一営業していたスーパーマーケットで働いている人への感謝がこみ上げてきて」、手元にあったトワルドジュイやリバティの生地に「merci」と刺繍をしたマスクを制作。最初は周囲の友人にプレゼント、彼らがポストしてくれたSNSを通じてフランスの企業やニューヨークのギャラリーからも依頼が来るように。「おそらく800個以上は作ったと思います。『ハーパーズ・バザー』や『ヴォーグ』にも掲載してもらって。なんだかすごく不思議な感じですね」

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コロナ禍中に作ったマスク。merciのほか、bonjourなどさまざまなワードがカラフルな刺繍で施されている。

昨年の秋には、サンロック教会(サンローランのお葬式が行われたところ)からの依頼で、神父が着用する200年前に作られたマントの刺繍の修復を手伝う機会を得た。ペリカンがくちばしで胸を開いて子供に血を与えている様子が描かれた刺繍で、キリスト教においてペリカンは母性愛の象徴。緑のマントは普段のミサに使用されるもの、他にもピンクなどさまざまあり、全ての色に意味があってクリスマスや復活祭など、行事ごとに使い分けるそうだ。「ウルトラモッドに時々いらっしゃるマダムがサンロック教会で働いていて、誰か刺繍できる人を知らない?と。わたし、できます!って名乗りを上げて、とても貴重で素晴らしい機会をいただきました。200年前と全く同じ素材を見つけるのは難しかったのですが、それに近いものを探して、教会に週末の朝から夕方まで缶詰で2週間かけて修復したんです。讃美歌が聞こえてくる中で、一人静かに200年前の刺繍と対面しながら作業をする時間は、なんだか夢の中にいるようでした。パリにいるからこそできた体験だし、パリにいる意味を強く感じました」

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サンロック教会の神父のマント修復作業中。モチーフの力強さ、そして刺繍のなんと美しいこと!

つい先日には若い頃から憧れ続けているニューヨークを20年ぶりに再訪。大好きな街にいることの幸せを噛み締めたと共に、自分自身の変化に気づき、見つめ直すよい機会となった。「ブルックリンをたくさん散歩して、セントラルパークで一人ピクニック。そして自分でも意外だったのは、素敵なカフェやショップはパリにたくさんあるので、ニューヨークの街を歩いていてもショップやギャラリーにそこまでそそられることはなくて。歳を重ねたことや、パリに住むことで目が肥えたのか、好みや感覚が変わった自分を実感しました。でもやっぱり、ニューヨークのエネルギッシュな空気感は勇気をくれるし、ワクワクさせてくれますね。いつまでも憧れの街ではあります」。そして5日ぶりに戻ったパリの街は本当に美しく、旅行者に戻ったような気分で感動。「住む場所としては甘くない面も多々ありますが(笑)、この魔法にかかったような美しさに世界中の人々が魅了されてしまうのはよく分かる。パリはマジックシティ、魅惑的なこの街がくれる刺激が創作活動のインスピレーションになっています」

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ブルックリンブリッジを歩いて渡り、セントラルパークでピクニック。「ベーグルだけはニューヨークのものが断然おいしいので毎日食べていました」

さらにはコロナ禍の直前に帰国した際、離婚後初めて元夫と再会したという小西川さん。「わたしから連絡しました。そう言うと驚く人もいるんですが、離婚の原因はわたしの方にもあったと自覚していて、むしろ後から自分らしい人生を歩む機会を与えてくれたことに感謝の気持ちが日に日に湧いていた自分がいたので、それを伝えたかったんです」。ようやく自分らしくいられる場所を見つけた今、元夫もその兄弟もSNSを通して応援してくれる存在になってくれたのだそう。「パリへ渡る決断をするまでは人に依存気味の人生だったけれど、金銭的にも精神的にも自立できている今、自立していることの大切さを痛感しているし、本当の自由を楽しめている気がします。まだまだチャレンジ中ですし、落ち込むこともありますが、自立した女性でありたいと願いつつ奮闘しています。いろんな人のおかげで今の自分がいることへの感謝の気持ちを大切に過ごす日々です」。7月に入ってすぐ、CHICABAとのコラボレートによるトートバッグを発売。秋にはルサージュで学んだ技術を応用したリュクスな刺繍を提案する、新しいブランドをスタートさせる予定だ。

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現在暮らすパリでお気に入りの場所はモンソー公園。散歩をしたり、ぼんやり考え事をしたり。